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ひとり。

何もない週末はとっても幸せなんだけど、
いっぱい考えすぎて嫌になる。


なぜ、こんなに弱くなってしまったのか。
理由は分かってるけど。
ずっとずっと探してしまう。


本当に自分に厳しく、相手にやさしくできるなら、
今じゃなくても、これから私がしなきゃいけないことは決まってる。

だけど、どうしても、どうしても
ひとりになれない。たまらなく怖くなる。
早く早くって心がせかすのが分かる。

理由なく涙が出る。
こわいこわい。
夜だから?無性にこわいよーこわいこわい。


「終わりがないのが終わり。」
荒木神もジョジョの中で言ってるっけ。

始まりなんて最初からないから、
終わりもくそもないって思っていたけど、、
もうなんていうか、とてつもなく貧しい心の中で今生きている気がする。


自分のことだけ考えてちゃいけないね。


もらった沢山の思いを無碍しないで
感謝することを忘れないで
この気持ちを少しずつ忘れていかないといけないのかなぁ。

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地震。

とっても寒い夜です。
ほんとは日記なんて書くつもりなかったのだけど。


怖くて眠れないから、心を落ち着かせてください。
眠ってしまいたくないんです。

怖い。考えれば考えるほど。
大切なものを失っちゃうかもって思うだけで怖い。
自分の命が終わるかもしれないって思うだけで怖い。

会社でクソ上司にアホなことを言われて
悩んでいた自分があほらしく思えるくらい。。。



関西はまだ地震の影響も少なくて、
幸いにもこうして怪我もなく生きていて
昨日と大差ない生活ができている。

でもそれは、幸運にも、今日がそうだったからだけで、
今、必然と偶然の間で生かされているだけなんでしょうね。


テレビの情報の何がホントかはわかりません。
開示されていない情報だってたくさんあると思う。
チェルノブイリの時みたいに。


どう防ぎようもないようなことなら、受け止めなきゃいけないね。
でも、情報を仕入れることで、自分でも対処できる問題もあるはず。

まだまだ怖い。

もう、朝一の急行で出かけようと思う。
早く、行きたい。
独りで居たくない。


神様は理不尽だ。
なんでこんなに簡単に持って行っちゃうんだろう。

私の元には、私の周りには絶対にひどいことは起こらないって
どっかで思ってた。きっと私ならって。


なんだろ。
ドキュメント映像で、「うわー」とか言いながら
被災地を取材しているアナウンサーを見ていると
妙に腹が立ってくる!
人ごとですか?
自分が助かってて良かったですか?
どうして旦那も子供もおうちに取り残されtたままの
可哀そうな女の人に、分かり切ったような質問をするの?
「今願うことは?」
「ご家族と連絡は取れましたか?」
「その時どんなお気持ちでしたか?」


そんなこと聞かないであげて。
声に出さないであげて。





私にできること。
節電はもちろんだけど。

ただ、ただ、祈るだけ。
独りでも多くの人が助かるようにっていうのと
地震が早く治まること。

ただ、ただ。ひたすらに祈るだけです。

2010/10/11

良いじゃないか。逃げたって。

ずるくても、汚くても

あたしはあたしに助け船を出すことにしたんだから。


この船は、泥船かもしれないけど、
そこに楽園が見えるなら、せめて、沈むまで乗っていたいんだ。

酔っているんじゃない。
何が良いかなんて、周りが決めることじゃないもの。


こけて、擦り剥けてみないと
痛みが分からないわけじゃない。


だけど、逃げた先に広がる景色がこんなに素晴らしいなら
例え痛みを抱えてでも、見ていたいと願う。


明日に託して生きていられる時間がいつまであるか分からないし。

例えば、嵐が容赦なく船を飲み込むかもしれないし。
病があたしの躰を殺す日がいつ来たっておかしくない。

今、したいことをしているだけ。
後悔なく生きるのは悪くないもんだって、言ってた人がいたっけ。



したいことがなくなったなら、このまま船に乗って
沈むのを待ってみても悪くない。
水の音を感じながら、消えていくのも良いかもしれない。



暗くなる空を寝転びながら見て思う。
心が飲み込まれる不安は、ないわけじゃないけど
終わりが見える世界は、なんだか私をより衝動的にさせるのかもしれないな。

意識の問題。

あーーー。
やってしまった・・・。

そう思うのは、わたしの中で違うって割り切っていても
罪の意識があるからなのでしょうかね。


普通にしてても、気になるし
多分、このままだと
まぁ2、3回はきっとまたおんなじような事をしてしまいそう。


いいんかな・・・
あたしは割り切っているつもりだから全然OKなんだけど
いや、でも今までみたいなきれいな関係じゃいられないか。


わたしじゃない、あの人は
きっと、あの人を大切に思っている人たちへの裏切りになると思う。


そう思うなら、やっぱりそんなことさせちゃいけないよなぁ・・・

めぐりあひて 見しやそれともわかぬまに

明日からは仕事です。
きっと明後日も同じように仕事。
し明後日も。

でも、その次はお休み。
お盆。

特別な事のように思えても
これまた、長い目で見れば、一つのサイクルでしかないのよね。

来年、また、わたしがここに入れば
同じではないにしろ、近しい感情でもって
この時を迎え入れるのでしょう。




変わっていくものと
変わらないものとが在って

それも、目に見えて変わっていくものと
見えないけれど変わってしまったものと

目に見えて変わらないものと
見えないけれど変わらないものとが在るんだと


信じ難くても どうしようもなく変わらない
人の世の常なのか、このどろどろしたもの達と共に在る世界。

そして、きらきらひかる、美しい者たち。歴史という絶対的な時間が生み出した産物。
人が人として在るもの。主観、個性、感情。
たくさんの同じものたちから生まれる違うもの。

何かに埋もれるように、普段のすさんだ心では
なかなか映し出されない景色。


信じたくなくて、目を塞いでも
否が応でも、気づいてしまう変化
心、感情。

わたしの中の小宇宙の心模様で
赤にも黒にもなる世界。
ここに在るものをどうしたらいいのだろう?


人の世の常。
あきらめの言葉。
でも、どうしようもない。

でも、でも、・・・
打ち消すのはその先に希望がないからなのか、
夢見ることが怖いからなのか
わたしの心が弱いからなのか。

何かに没頭していれば
私らしく居られるのか、と思ってみても
没頭なんてのは、今のわたしにはとても恐ろしいことのように思える。


没頭している誰かの背中をそっと押してあげるくらいの
そんな、距離感が良いと思う。

わたしはどこまでもわたしで
ここから走る光や、未来は、限りなく数あって

それは、どこまでも、ずっと失われない希望。



太陽が東から西へ上るのと同じとは言わないけれど
時間や環境や人間が何百年と巡り巡っても
人が人であるように

歌が昔から歌であるように
愛がいつまでも消えずに愛であるように
いつまでも変わらない宇宙の法則。

反対に、
何かが生まれて
またふっと消えてしまって
そんな星屑のような
宇宙の渦の中の塵のようなわたし。

この気持ちごと、
流されて、どこまでも回り続けるのかと思うと

なんだか、悟りワードを連呼したくなるのです。




だから、少しでもこの渦から抜け出したい。
まずは外に出て。
いつもとは違う街を歩いてみよう。
そしたら、移ろう景色も違って見えるはずだから。

その次は、誰かの宇宙に触れてみたい。
出来たら、わたしが呼吸できるくらいの宇宙に触れてみたい。

そして、
「あーわたしも君も同じだね。」と、
言葉なくとも、空気で感じて分かりあいたい。
ただ、ただ、そう感じてみたいだけなのです。


ここにいるのが、誰かのためでない今だから
わたしのためと思うには、まだまだ心は弱いから

遠くの在るかもわからない星を思って旅する宇宙飛行士のように
そんな心地よい空間を探し求めているだけなのです。
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